東京、墨田区吾妻橋。
創業100年の老舗 “漆器” 製造販売会社。
品質・アイテム数に絶対の自信あり!

ごあいさつ

 平素は格別のお引き立てを賜り有難く厚く御礼申し上げます。
当社は大正9年の創業以来、多くのお客様に支えられ今日を迎えましたこと感謝申し上げます。
 
漆器は、木や紙などに漆を塗り重ねて作る工芸品であり、日常品から高級品、食器、根付、または車体までと様々な用途があります。狭義には「漆を塗った食器」の意味であるが、それに捉われない。漆を表面に塗ることで器物は格段に長持ちする。

 

お知らせ

弊社からのインフォメーション(お知らせ)です。  
2020/10/29 
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取扱い商品

弊社取り扱い商品を説明いたします。
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漆器の歴史について

古くは縄文時代から漆を使用し、現在に至るまで欠かさず、多くの漆器が存在する。
漆器は中国発祥で技術は漆木と共に大陸から日本へ伝わったと考えられていた。ところが、北海道函館市南茅部地区から出土した漆の装飾品6点が、米国での放射性炭素年代測定により、中国の漆器(7400年前)を大幅に遡る約9000年前の縄文時代早期前半の装飾品であると確認された。 さらに、福井県(鳥浜貝塚)で出土した漆の枝は、放射性炭素(C14)年代測定法による分析の結果、世界最古の約 12600年前のものであると確認され、漆木はこの頃すでに存在していたことが証明された。同遺跡からは技術的に高度な漆工芸品「赤色漆の櫛」も出土、 この他、漆工芸品も含めた木材加工の関連品が多数発見されている。 また、縄文時代の集落と生活様式の変遷が確認できる垣ノ島遺跡からは、赤漆を染み込ませた糸で加工された装飾品の他に、黒漆の上に赤漆を塗った漆塗りの注口土器なども発見されている[注釈 1]。 こういった遺構、遺品から、日本では縄文時代早期末以降にはウルシが生育していたとされる。
 
諸説あるが、奈良時代の正倉院宝物の「金銀鈿荘唐大刀」の鞘の金の装飾「末金鏤(まっきんる)」が日本における蒔絵技法の起源に繋がっていると考えられている。正倉院宝物の95%は外国風のデザインを施した国産品であるが[1][2]、鞘の部分が日本産であったか唐産であったかは不明である[3][4]。また奈良時代には螺鈿が唐から輸入され、琥珀や鼈甲と組み合わせて楽器などの装飾に使用された。
 
 

 
 

会社概要

弊社は、漆器製造販売させていただいております。
 
商号 :株式会社 東京漆器
所在地 :〒130-8640 東京都墨田区吾妻橋1-23-20
電話 :03-5608-1234
代表者名 :代表取締役社長 山田 太郎(ヤマダ タロウ)
設立日 :大正9年04月01日
資本金 :1000万円
事業内容 :漆器の企画製造販売
営業品目 :■漆器 
取引銀行 :東京信用金庫 墨田支店、みずほ銀行 墨田支店

 

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お問い合わせ

弊社へのお問い合わせは、基本的には電話となっております。
 

株式会社 東京漆器

〒130-8645

東京都墨田区吾妻橋1-23-20

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